東京オリンピック後の高度成長期に、「青べか物語」の舞台の浦安沖が埋め立てられて行く光景を目前にして、当時は日本の行き先が何処なのかブラックホールに吸い込まれるように、解らぬままに日々を楽しんでいました。

振り返って観ると、今叫ばれている「環境破壊」の出発点だったよです。  1966年(昭和41年)、買ったばかりのMAMIYAC3を持って潮風の吹く「浦安」の冬の暖かな陽射し中を歩いた時の写真です。

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